いめーじのなみもり

Koji Mizoiの日記帳。

一区切りと涼しさ求む。

 ようやくひと段落した感じが散歩してたらあって、だいぶホッとできた。ずっとなにか急き立てられてる感じが続いてて、せわしなく思考は働いてそのスピードに追いつこうとしてたけど、むしろ逆で、体はもっとゆっくりな速度で動いててよくて、そこにいる方が思考の速度を感じやすいと思った。そこには一致してる感覚がある。何度もズレながらそこに戻る。散歩から帰ってきてお風呂に入ってたらモヤモヤしてるような、グルグルしているような感覚よりはもっとはっきりとした感覚として捉えることができて、結構いま怒ってるんだなって思った。怒ったって仕方ないと思いながら怒ってる。仕方ないと思って怒ることを止める必要はないし、止めてもいいし、もっと世界に対して怒ってもいいし、優しくあってもいい。どれもこれもが確かにあって、ただ今は怒ってる感覚が強いのだと思う。ただその味わっている感覚が怒っているのかどうか決めてしまうこともなくて、燃えるような感覚というか、煮えたぎっているというか、そういう感覚がある。それを怒りと捉えてる。フツフツとしている。怒りである前にエネルギーがみなぎってるのかもしれない。いま生命は躍動しているのだ、なんて。

 それでひと段落っていうのはここで一旦区切っていいんだって思えて、リセットしてまた新しく生み出していいんだなと思った。今までの感覚や選んできたものをまた新しく変えていっていい。そんな感じ。

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 じゃあどうしたいのか?って聞いてみる。次は演劇をやる。演劇と言いながら音楽がやりたい。音楽でありながら演劇をやりたい。日にちも決まってる。だからそこに向かってやりたい。どんなことをやりたい?ギターがあって、体があって、鉛筆が太鼓のバチになって、足音がその代わりになって、ピアニカとか、声とか。セリフが詩になる。そんな時間。味わいたいのは静寂なのかもしれない。せわしない世界でありながら静寂を味わえるそんな状態がある。存在してる状態。生き物が露わになるみたいなそんな時間。

 ものすごく適当なことを書いている気がしてきた。今少し眠たくなってきている。

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 無事に写真展もスタートした。すごくいい感じ。6月に展示をして「次は写真メインでやってみたいな」って思って案外あっという間にやってみたいことが叶ってる。僕の展示史上本も作品数が少ない8点だけど、ひとつひとつが生き生きしてる気がして嬉しい。額装もやれることしっかりやれたのですごく良かった。展示は8月30日(月)まで鎌倉のミサキドーナツにて。

 今はまた体に戻ってきてる気がする。ダンスとかしながら体に戻っていきたい。体と感覚と一致できるような時間を増やしたい。そんな感じかな〜。そして結局は涼しいとこ行きたい。笑