いめーじのなみもり

Koji Mizoiの日記帳。

宇宙になりたいとは思ったり、来年に向けて温めてること。

 お昼ご飯は昨日作ったキーマカレーが余ってたので森のくまさんカレー。レンコンがうまい。最近サラダ食べるときは炒めて一緒に食べてることが多い。あとはズッキーニとかトマトとか。自分で作るご飯が豊かなのは良いなと思うた。

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 その日食べたいものを作って食べる。作ることも食べる過程みたいなところもあり、満たされる感覚が違ってくる。疲れてる時はお惣菜とか買ってサッと食べたりするのも良いのだが、ただ食べるみたいな状態になってくると焦ってる感覚に近くなって、上に上に意識が上がって、頭に溜まってぐるぐるしてくる。

 一つ一つの動きとか、動作を丁寧にする、せかせかしない。ドタバタしない。ドタバタしてることと、心地よいスピード感に乗ってる感覚はぜんぜん違う。瞬間瞬間ズレたりする。その時に気づいてすぐ戻る。一呼吸する。心地良い選択をし続ける。ズレたら戻る。荒れてるのは外側の世界ではなく、自分の内面なのだ。常に整える。いつでもその場で出来る。自分に優しく出来る。

 気づいたら人に介入しすぎたり、影響を受けすぎたりしている。膜を作る。柔らかな繭。破れてもまたすぐ作り直す。蚕みたいな。自分の中の容量がいっぱいになって疲れてしまう前に対応する。もっとゆっくりで良いし、丁寧で良い。行動するスピードが大事なのではなく、自分の中の感覚が意識が広がっていること。自分自身の感覚と繋がってること。現実ばかりに目を向けて騙されないこと。いつだって自分の中に広がる宇宙があること。その意識を広げること。宇宙になること。この瞬間感じていること。「宇宙に行きたいって思ったことないけど、宇宙になりたいとは思う」と言うたら、miiさんは納得して笑っていた。もっと感じれる、広がれる、味わえる、そんな身体。

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 miiさんと散歩していたら一人で散歩している感覚とは違う状態で面白いなと思った。一体化してる感覚。一人で散歩している時とは違う意識状態というか、広がりというか、人がいる、一緒に歩いてるみたいな意識。それが当たり前になってたけど改めて気づく。人がいることで変わる感覚があって、見え方や感じ方が変わったりする。一人で味わうことと、人が一緒にいながら味わうことと違ってくる。その辺の自他の出し入れみたいなのだいぶ出来るようになって来た気がする。と言いながら気を許してる人だと無意識で入れてる。改めてイタコ体質ですなっていうそんな気づき。

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 来年から始めようかなと思ってることがあり、少しずつ温めて言葉にしてみてる。ワークショップに近い形で場を作る。場所は鎌倉で自分が良いなと思うところ。ゴロゴロ出来て、一人一人のスペースが保てる。心地よく音が広がるところ。太陽の光が入るところ。意識の視点を見つける、出会う場所。それでいて表現できる、最終的には発表するみたいな。まずは単発で色々やってみたい。大枠はダンスとか演劇になる気がする。人と接しながら自分の内側を辿る。オーセンティック・ムーブメントとかクラニオセイクラルとかの関係性に近い気がする。ただ接点があり、その触れ合い、眼差しから発見する。出会う。物語る。触れ方や眼差しの使い方。自他の出し入れ。軸と軸があって、自分と他があって、違う生命体が宇宙が触れ合う。お互いの物語が触れ合う。混ぜ合うというより触れ合ってる。大げさな表現というよりは、静かに漂ってる生物の集団、個の感覚、寄りあつまる。それらで遊ぶ。関わってみる。内面で起きてる、漂いのコミュニケーション。交感。最終的には演劇に出来たら良いかも。

 書き物musicはROTH BART BARONでした。よき。夜は豆乳スープのうどんの予定。