いめーじのなみもり

Koji Mizoiの日記帳。

2022/11/16

 日曜日、ダンスの公演無事に終わった。ダンススペース空の皆様と「Cinco Cinco」という作品を踊りました。ミゾイキカクの二人が見にきてくれて、すげーよかったととにかく褒められた。すごく受け取り上手な二人で嬉しい。終わった後の集合写真を見せてもらって、みんなすごくいい表情をしていたのがなんだか嬉しかった。各々が良い時間をすごしていたんだなと思った。初めて踊る人がいたり、親子だったり、流行病で出れない子が出てしまったり、前日になんか一悶着あったらしかったり、いろんなことがありながらだったが、集中して踊れるのはその場を作ってくれる、整えてくれる人がいるからだなーと思い、最近自分で企画して何事もやる機会が多かったので、なんて楽チンでありがたいんだって思った。関わる人が増えることで良いこともあるんだろうなと思った。それぞれが自分の感覚を大切にし、持ち寄り、それらを提供し合うみたいなそういう場は心地よいなと思った。それにあえて自分から首を突っ込みすぎないのも大事だなと思った。やりたいことに集中する。余計に手伝わない。気が向いていないのに手を出さない。そういう細かいところを自分自身と確認しながら作っていく。少しの嘘が、だんだん膨れ上がる。だからやりたくないことはやらない。確認する。それでいて必要なことならしっかり言葉を交わすこと。

 数日経って、日常に戻りながらやっぱり体は動かしたい欲求があってストレッチしたり、音楽流しながら家の中で少し体の動きを感じたり、流れてる意識を味わったりしながらそこにいたりする。人と一緒に踊ることはあるのだが、一人で踊ったことがないので、今度やってみようかなと思っている。ちょうどムリウイさんで小さなダンスが集う企画みたいのを募集してて、応募してみようかと思っている。どんな音楽だったらいいだろう、どんな時間だったらいいだろうとかいろいろ想像を膨らませてみるのだが、miiさんの作った音源で踊るのがなんだかしっくりきていて、なんだかこうやってまた新しいことをやれそうな感じがしているのがとても嬉しい。なんかそんな流れで、これからダンスと歌を、独演会で表現するみたいなことができたらいいなと思ったりする。自分の表現の場は自分で作るってなかなかいいじゃないかと思ったり、いままでどんなものだったらいいだろうと少し考えたりもしていたのだが、なんかそんな表現をしている時間を作れるといいのかもしれないと思った。と言いながらイマイチ創作に向かう感じじゃない側面もあって、と言いながら絵は描いてるんだけど、そんなわけなので図書館ぶらぶらしながら本借りる。神田橋條治さんの「心身養生のコツ補講50」と坂口恭平さんと斎藤環さんの「いのっちの手紙」あとダンスセラピーの本も検索かけたらあったので借りた。骨盤トレーニング的な、解剖学的な本も借りてみたのだがうまく読めなかった。解剖学の本読んだほうがええかなーとか思ったけど、全然あたまに入ってこないのでパラ読み。僕が読んで知識を蓄えなくてもいいのかと思った。ダンスするからとか体動かすからそういうことも知らなきゃと思うが、昔からそう言う類のものが全然覚えられなかったり、入ってこないので、向いていないのかもしれない。だけど坂口さんと斎藤環さんの書簡はめちゃめちゃするする入ってくる。とにかく水みたいに流れることが大切で、だから知識を蓄えること、とどめておくとことというよりも、創作へ向かう流れが欲しいのだと思う。そういえば高校まで野球をしていたのだが、やる気を出すのが難しかった。無理やり努力しようとしたが結局疲れ果ててしまった。好きなことではあったが、努力の仕方がよくわからなかったのだ。無理やりにでも、やる気がなくても、どんなに疲れていても、自分を奮い立たせてやらなくてはいけないと思っていたし、そうやってたが本当にただしんどいだけで、しだいに体が動かなくなってしまった。そんなわけなので本当によく寝てたし、寝てしまう自分をダメ出ししていたりもした。そういうのが20代も続いていて、本当に生きること自体に疲れ果てていたんだと思う。なんかそういうことを思い出した。だから何かこの脅迫的な世界から降りなくてはいけないと思ったし、そうやって生活している人たちに憧れたりしたのかもしれない。田舎に住みたいとか、スローライフとか、とにかくゆっくりできるようになりたいとか思っていたと思う。結論いまは東京から離れてだいぶゆっくりできるようになってきた気もする。環境を変えてもせかせかしている人はせかせかしているとおもうが、やっぱり自然が近くにあるのは僕的に重要だったんだなと思う。そんなわけなので、なんか湖の近くに住んだら、僕はどんなふうに体に影響があって、どんな表現になっていくんだろうとか興味があったりする。僕は表現することが好きなんだと思うし、それは小さい頃から好きだったし、だけど自分に合ったやり方みたいなものは自分にしかわからないわけだから、どこを探しても見つからないわけで、自分で見つけていくのって大事で、だからそのやる気が出ないときは体の中を流れていくような文体に触れると、創作の川が流れていくんだと思うし、そういうわけなのでこれから絵を描こうと思う。

争いから降りること。